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2026(R8).9.30(水)

9月30日「人に徹する」

人はあくまでも人に徹し、現実を直視して、これを浄化向上するのほかはない。

第一は生計。われら如何に生くべきかという生理・養生の問題であります。
どういうものを食べ、どういうものを飲み、どういう習慣をつけるか、という健康を保持・増進する問題であります。

第二に身計。これは専らどういう仕事をして生きてゆくか、という職業生活・社会生活の問題。

第三には一家を構えて、これをどういう風に治めてゆくかという家計。

そのうちにだんだん年をとる。そこで如何に老いるかというのが第四の老計であります。

最後は死計であります。如何に死するか、そのうちに死ぬさというのは愚であります。
老いるということの一つの姿は死であり、死ぬということは生きるということである。
(東洋思想の一淵源)

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2026(R8).9.29(火)

9月29日「因果の法則」

人間には奇跡というものはありません。奇跡などというのは研究不足、勉強不足の者の言葉でありまして、原因・結果というものは常にはっきりしておるのです。悪いことをしますと、いつかは悪い結果があらわれる、というのは厳粛な自然の法則であります。したがって人間は因果律というものを大事にしなければなりません。

「郷学を興す」

郷学とは、郷土郷土の学を興す、
ついては郷土の先賢を顕彰して
その学問・業績を
郷土の人々に回復させることである。

日本いたるところに名君やら
賢宰やら名僧・碩学・篤行の士、いろいろある。
これらの人々が終戦後
まったく埋没し顧みられないでいる。
この人々を掘り出すことが
何よりも一番
日本人の歴史的・精神的復活に
血を通わせることになる。
(人間学のすすめ)

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2026(R8).9.28(月)

月28日「敬と信仰」

敬するというのは、より高きものに対する人間独特の心で、敬するから、至らない自分を省みて恥ずる、これは陰陽の原理であります。敬するから恥ずる、恥ずるから慎む。戒める。この恥ずる、慎む、戒めるということが主体になるときに道徳というものができるのです。
敬するということが建前になるときに宗教というものになる、信仰というもにになる、信仰というものがあれば必ず道徳がその中に入る。道徳なき信仰というものはありません。又信ずるところ、信仰があるから、恥ずる・慎む・戒むという、これが建前になって道徳になる。
道徳という時には宗教が中に入る、宗教という時には道徳が中に入る。宗教なき道徳なく、道徳なき宗教はないのであります。

「風流-人生の有情-」

貪にして客を享(もてな)すに能(あた)はず
しかも客を好む

老いて世に狗(したが)ふ能はず
しかも世に維(つな)がるるを好む

窮して書を買う能はず
しかも奇書を好む
(酔古堂剣掃)

人間味というものは案外矛盾のなかにあるものである。
貧乏で客を歓待するだけの余裕がない、しかも客が好きである。
やたらにお客を引っ張りこんでくる。
奥さんが渋面を作っている-なんていうのは男の一つの味だ。

老いてますます頑固で当世に遭わぬ。しかその世間がいちいち
癪(しゃく)の種である。世の中を癪に障(さ)えながら
世の中に維(つな)がれている。

貧窮して本が買えない。しかし珍しい本が好きだ。

こういうのは人世の有情である。
天地有情である。この矛盾のごときところに人間の旨味がある。

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2026(R8).9.27(日)

9月27日「活学活人」

人間学が、あらゆる学問の中でも一番根本であって、政策だの、政論だのというものは手段・方法にすぎません。例えば、公害問題を取り上げてみましても議論はいくらでもできるが、それを実際にどうするかということになりますと、結局人間の問題、人物の問題でありまして、人間教育というものが一番大切になってまいります。
国家、国民の運命に関する問題を取り上げてみましても、やはり人間に帰着いたします。これが人間にとって一番むつかしいところであり、これからまた道もひらけて貴いものであります。いわゆる活学活人であります。

「心身摂養法」

第一 心中常に喜神を含むこと
第二 心中常に感謝の念を持つこと
第三 常に陰徳を志すこと

神とは深く根本的に指して言った心のことで、どんなに苦しいことにあっても、心のどこか奥の方に喜びを持つということ。絶えず感謝の念で心を満たすこと。
絶えず人知れず善いことをしていこうと志すことだ。
(続経世瑣言)

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2026(R8).9.226(土)

2026(R8).9.25(金)

月25日「獨行道②」

一、世々の道に背くことなし。ただ猫の眼の如く移り変る風俗習慣の流の中に、萍の様に漂うて、新を真と心得て居る者は浅露である。達人は万古の心を思う。
二、よろづ依怙の心なし。
三、身に楽をたくまず。
四、一生の間欲心なし。
五、我事に於て後悔せず。
六、善悪につき他を妬まず。
七、何の道にも別れを悲しまず。
八、自他ともに恨みかこる心なし。
九、恋慕の思いなし。

真の道の人とは、根源的なものと枝葉的なものとを統一的に持っている人のことである」

反省は統一に復(かえ)ろうとする作用である。哲人ほど内省的であり、統一に復るほど幽玄である。
真の道の人とは、根源的なものと枝葉的なものとを統一的に持っている人のことである。
(瓠堂随聞記)

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