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2025(R7).8.12(火)

8月12日「親子の道」

人倫の根本が親子の道に在ることは言うまでもない。随って子の親に対する孝心は、人類社会を維持し、発展せしめる一番尊い《はたらき》である。
在る時は在りのすさびに憎いこともあろう。無くてぞ人の恋しきは人情の機微である。父母に死に別れて、却って説に父母の温容を憶い、慈音を偲び、生前の趣味や理想を考え、敬慕の情をいや増すと共に、平生みずから父母に何の報ゆる所もなかったことや、今も尚お父母の期待に一向添い得ぬ身の不肖をば恥じ懼れ、せめてもの心ばかりの供物を霊前にささげ、或は懺悔の誠を致し、或は将来の発奮努力を誓う、茲(ここ)に家庭祭祀の根本義がある。

神明は則ち日の升(のぼ)るが如く
身體は則ち鼎の鎭するが如し
(曽國藩)

曽國藩は毎日何時に拘らず静坐を欠かさなかった。
これによって、彼はそのいわゆる「鼎の鎮する」ごとき工夫を積んで、
「日の升る」ごとき清明を養いつゝあったのである。

静坐はいわゆる臍輪氣海丹田腰脚足心を充実せしめ、精神をして自由にし、旺盛にする。
曽國藩の言葉をかりていえば、
「神明すなはち日の升るがごとく、身體はすなはち鼎の鎭するがごとく」ならしめる。
(『東洋思想と人物』)

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