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2025(R7).7.10(木)

7月10日「古賀穀堂②」

そこで俺は何になるのだ、何をもって存するのだというと、これは真の自分になること、 自分の信念・学問・信仰に徹することです。これは大きな見識であります。世間では自分を見失ってしまって、他人のまねばかりするものですから、ろくな自己ができません。
ここに至って古賀穀堂はやはり偉い。徹底した見識をもった人であると思います。さすが名君を育てあげただけのことはある、と感心させられます。

経書を読むは」

経書を読むは即ち我が心を読むなり
我が心を読むは即ち天を読むなり
(佐藤一齋・言志耋録)

経書は実生活の注脚として読むべきだが、それは世故を積むこと、齢を重ねること、世の辛苦を嘗めることが大切だ。
そこで若い者は史書を読むこと、人物を研究して経史を一如にすることを心掛けねばならぬ。
(瓠堂随聞記)

風というものは広汎な民衆の持っておる感情や意欲、好意の表れであるから、これは非常に大事なものである。だから風を移し俗を易(か)えていくことが政治の大切な要諦でもある。
呻吟語』に
「民風を変ずるは易く、士風を変ずるは難し。士風を変ずるは易く、仕風を変ずるは難し。仕風変ずれば天下治まる」
とある。
民衆の風俗を変えることは易しい。それより難しいのは指導階級の風を変えることであり、更に難しいのは役人気質、政治気質というような仕風を変えることである、という。
まことに痛切なところをよく把握した卓見である。

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