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2025(R7).10.3(金)

10月3日「画になる顔①」

人間は学問・修養次第で、たとえ木偶のような人間でも、風韻とか韻致・気韻、或は風格というものが出て参ります。
賢者は賢者なりに、愚者は愚者なりに「趣」が出て参ります。
たとえば山寺の小僧にしても、初めは如何にも泥芋みたいな無骨者ですが、だんだん修行を重ねてきますと、その不細工な"ぼくねんじん"に、どことなく風格・風韻が出て参ります。
私はよくその例に宇垣大将を出します。

自ら反(かえ)る

自己を分裂から救うには先ず自己に反ることから始めなければならない。そして本具する所の自性を徹見し、それを十分に発揮することである。
陽明学致良知といい、禅家で見性成仏というも同じことである。

自ら反らざれば、それは自ら反くことになる。いかなる時も人間としての正しい考え方は、自分の内部に第一原因を発見することでなければならない。

常に自ら反る人にして真に人物として成長するものだ。
(照心語録

百朝集その33.秘罪

人の善を聞いて而も之を掩覆(えんぷ)し、或は文致して以てその心を誣(し)ふ。
人の悪を聞いて而も之を播揚(はよう)し、或は枝葉して以てその罪を多くす。
これ皆罪を鬼神に得る者なり。吾が党之を戒む。
(呂新吾『呻吟語』)

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