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2026(R8).2.3(火)

2月3日「時習②」

学問というものは体験を貴しとなし、その体験を錬磨(れんま)することでなければなりません。
その意味で「学んで之を時習す。またよろこばしからずや」という語は非常に短いものでありますが、限りなく深い意味と効用があります。
学問・修養というものは、論理だの思想の遊戯だのというものではだめであって、われわれは日常の実生活を見失わぬようにしなければならぬということでもあります。

自ら反(かえ)る

自己を分裂から救うには先ず自己に反ることから始めなければならない。そして本具する所の自性を徹見し、それを十分に発揮することである。
陽明学致良知といい、禅家で見性成仏というも同じことである。

自ら反らざれば、それは自ら反くことになる。いかなる時も人間としての正しい考え方は、自分の内部に第一原因を発見することでなければならない。

常に自ら反る人にして真に人物として成長するものだ。
(照心語録)

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