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2025(R7).8.7(木)

8月7日「木鶏③」

また十日経ってききました。
“未だいけません。相手を見ると睨(にら)みつけて、圧倒しようとするところがあります”。

こうしてさらに十日経って、またききました。そうすると初めて
“まあ、どうにかよろしいでしょう。他の鶏の声がしても少しも平生と変わるところがありません。その姿はまるで木彫の鶏のようです。
全く徳が充実しました。もうどんな鶏を連れてきても、これに応戦するものがなく、姿を見ただけで逃げてしまうでしょう”と言いました。

事上磨錬 人は須(すべから)く事上に在って磨くべし
王陽明

体験の事実によって鍛えていくこと。実際問題に対処しながら自分を磨く、錬ることである。
安岡正篤王陽明』)

程朱の学では静坐澄心を重んじる。王陽明もその静を重んじるが、同時にこの事上磨錬を説く。
これは動的修養といわれるものであって、陽明学の積極的な一面を示す。陽明学が実際的であり、
行動的な性格を持つのは、事上磨錬を説き、知行合一を説いて、生活そのものを修養の場とするところにある。
安岡正篤伝習録』)

活学百言「98.萬世の為に太平を開く」

「萬世の為に太平を開く」(終戦詔勅の中の一句)という言葉は、張横渠の有名な言葉、即ち「天地の為に心を立つ。生民の為に命を立つ。往聖の為に絶学を継ぐ。萬世の為に太平を開く」の結語です。

「天地の為に心を立つ」。これは「天地、心を立つと為す」と言ってもよい。言い換えれば、人間は心というものを立派に造り上げるということが、天地の為であると同時に天地の為だ。実は天地が心というものを創始したのだ。

「生民の為に命を立つ」。命とはいわゆる運命・立命の命です。生きとし生ける民、生きとし生ける人間は、それぞれ天という絶対者・創造者の営みを内具している。それを命というわけです。それを各自立派に遂行させ発揮させる。

「往聖の為に絶学を継ぐ」。命を遂行するためには、どうしても、代々の聖賢(往聖・去聖)が遺して今や中絶しておるところの学問——絶学、それを継承し興趣しなければならない。そうしてこそ初めて萬世の為に太平を開くことができるのだ。

その通り。最高だね!
ほとんどの人は、関係から何を得るかに焦点を当てる。
本当の魔法は、与えることに焦点を当てたときに始まる。
存在感。優しさ。好奇心。安定感。それが信頼—そして大切なものすべて—の根底となる。

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