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2026(R8).1.6(火)

1月6日「年の始めの歌語り③」

良寛和尚
「わびぬれど我が庵なればかへるなり心やすきを思出にして」
わが庵をわが国としてもよい。祖国としてもよい。この頃資本の外国逃避を企てたり、ハワイあたりに家を持つ人があるときくが、今の日本は確かにわびしいことが多いけれども、やっぱり我国を逃げるのは誠ではない。

尾山 篤二郎
「事しあらば火にも水にも入りぬべし明日はな思ひそあとは後のこと」

「六然」

自處超然(じしょちょうぜん) 人間は自分の問題となると、物にとらわれて執着したり、拘泥するものである。事に臨んで自分に関する問題から解脱し、抜け出せるように努めることだ。
處人藹然(しょじんあいぜん) 人に対しては好意に満ち、温かい気分を持って対するするのである。藹(あい)は草木の青々とした雰囲気をあらわす文字である。
有事斬然(ゆうじざんぜん)   何か問題があるとき、うろうろしたり、うじうじせず、活気に満ちきびきびしていること。
無事澄然(ぶじちょうぜん) 何もない時は、氷のように澄み切っていること。
得意澹然(とくいたんぜん) 得意の時は威張ったり驕ったりし易いものであるが、人間はその時あっさりしていることが肝腎である。まだまだ足りないという謙虚さを抱くことだ。
失意泰然(しついたいぜん) 失意のときは、ばたばたせずにゆったりと落ち着いていることである。

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