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2025(R7).9.12(金)

9月12日「苦言は人のため」

甘・苦・渋の三味は決して別のものではない。三味が一つに融け合っていて、甘味の中に苦味・渋味、苦味・渋味の中に甘味がある。甘味が苦味・渋味にならぬと、本当の甘味ではない。そのことを茶道のベテランは皆知っておる。
人間も甘いうちは駄目で、少し苦味が出て来ないと本物ではない。言葉でも、本当の為になる言葉は多く苦言であります。「苦言は人のためになる」と言いますが、実際その通りでありまして、甘言を愛するようではまだまだ出来ておらぬ証拠であります。

「敬と恥」

敬と恥とは儒教の根本概念である。
“敬”は人間がより偉大なるものの引接に会うて自ら発する心であり、これと相俟って自らを省する所に生ずる心を“恥”という。
この敬と恥の本能が、人間の学問・文化を発達せしめて来た。

ただ“敬”は厳粛なものである。我々が“敬”を持ち続けることは不断の努力が要る。
不断に自己が進歩・向上しようとする本能を長養しなければならぬからである。
(照心語録)

百朝集その12.処世

仁に過ぐれば弱くなる。義に過ぐれば固くなる。礼に過ぐれば諂(へつら)いとなる。
智に過ぐれば嘘をつく。信に過ぐれば損をする。
気長く心穏やかにして、万に倹約を用て金銭を備ふべし。
倹約の仕方は不自由を忍ぶにあり。此の世に客に来たと思へば何の苦もなし。
朝夕の食事うまからずともほめて食ふべし。
元来客の身なれば好嫌は申されまじ。
今日の行をおくり、子孫兄弟によく挨拶をして、しやばの御暇を申すがよし。
伊達政宗・家訓)

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